Esclave d'amour

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人間は生まれながらにして人間であるのではなく、ある社会的規範を受け容れはじめて人間になると言ったレヴィ=ストロースは、人間性の余剰として受け取られていた部分を根源として捉えた。


沢山の人が行き交う様をぼんやりと眺めていると、この世に生を受け、精神を持ち、肉体を与えられ、学び、働き、許し許され家族という単位を作り出し、創造する私たちはなんてかけがえのない存在なんだろう、と漠然と思った。

 

前に、渋谷駅でたくさんの人を見ていると、ここにいる人、一人一人に精神があって人生があるのかと思ったら気持ち悪くなるとつぶやいた。今もそれは変わらない。余りにも凝集された人々、そこにある途方もない人生の移ろいに気持ちが悪くなる。満開の桜が怖いことに似ている。
でも今日は、そんな日々を、人生を美しいと思えたしこの人々には相互に愛し愛される可能性があるのかと思うととても感動して胸がつまったのだった。

 

恋も愛もフランス語ではamourで、代替できる言葉が見つからない。英語ではcrush on youなんて言葉もあるけど
“恋”というあの、日本語特有のはかなさ、美しさ、移ろいやすさ、不完全さ、不安定さをうまく表せるものを私は知らない。日本人特有のものなのかな。恋っていう概念は。

 

概念があるからことばがある。逆に言えば、ことばがないということは概念がないということである。

『漢字と日本人』高島俊男

 


私の恋は、その人への大嫌いも大好きも同じぐらいにあって憎んだり愛したりもするけど、「大好き」その割合が少しだけ多い時点にその人へ対する気持ちの名前だ。